東日本大震災とその後の原発事故によって、存続の危機に陥った伝統工芸品がある。福島県浪江町の「大堀相馬焼」だ。この地で10代にわたり大堀相馬焼を手がける窯元・陶吉郎窯の近藤賢さんは、失われかけたこの焼きものを後世に残そうと奮闘する一人である。
「大堀相馬焼のバトンを繋いでいかなければという使命感と、大好きな作陶を続けたいという純粋な思いを胸に、父と二人三脚で再興を目指しました」(近藤さん)
避難区域となった浪江町を出て、いわき市に仮の工房を構えた近藤さんは、大堀相馬焼の魅力を発信すべく精力的に活動を広げ、日展の工芸美術部門入選、日本現代工芸美術展入賞などを果たした。平成29年には、伝統技術で新しいモノ作りに挑む「匠」を応援する大手自動車ブランド主催のプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」で、見事福島県代表に選出された。
そこで生まれたのが本品だ。もともと観賞用オブジェとして制作していた「innocent blue」シリーズを、ふだん使いできる酒器にアレンジした。
独特な流線型は大気や水の流れを表現したもの。ろくろで陶土を円錐形に整えた後、あえて手で歪みをつける。それにより手指がフィットして持ちやすくなるだけでなく、その凹凸に合わせて釉薬の濃淡ができ、さながら波紋のような表情が生まれるのだ。
酒杯は大きく口が開いた形状で、香りが立ちにくい冷酒も風味豊かに味わえる。飲み口や片口の注ぎ口は薄く仕上げ、口当たりのよさや注ぎやすさを追求。その印象的な意匠と考え抜かれた使い心地は、プロジェクトのラストを飾る商談会で大いに注目を浴びたという。
「窯元は散り散りになりましたが、作り続けてさえいれば受け継がれていくと思います。今までどおりにいかないこともチャンスと捉え、進んでいきたいです」と近藤さん。
そんな作り手の意がこもった器なら、注ぐ酒も一段と旨く感じる。
-
片口の注ぎ口は水切れのよい角度に仕上げている。縁に厚みをもたせているので割れにくく、片手でも持ちやすい。
-
手になじむ酒杯は口が大きく広い。少し傾ければ酒が口に程よく流れ、熱燗、冷酒とも香り高い味わいに。
-
近藤さんが手で巧みに生み出す歪みは、あえてひとつずつ形を変えている。一期一会の作品だ。
-
作品ごとに質感や色合いの異なる陶土を求めて、全国各地の原料を独自に調合。
-
「innocent blue」シリーズは、完成まで約2か月かかる全工程をすべて近藤さんが手がける。
-
近藤賢さんは宝暦10(1760)年創業・陶吉郎窯の10代目。自然の造形を表したオリジナル作品を得意とする。