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小学館イマージュ

横山大観「梅花」額装

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龍が天空の雲間を踊るように。古木の力強さに生命の躍動を映した大観芸術の傑作「梅花(ばいか)」。

 古来、梅の絵は多い。中国原産の花であるから、特に中国では歳寒三友(さいかんさんゆう)といい、寒さに強い松・竹・梅を逆境に耐える三人の友にたとえ、長寿を願いまた処世の範とした。従っておめでたいいわゆる瑞祥画として宋時代以後、多くの画家が描いて来た。横山大観もしばしば描いて≪暗香浮動(あんこうふどう)≫(どこからともなく梅が香って来る)などというテーマにまで取り上げている。ただの≪梅花≫は梅林を描いた作などとはちょっと様子が違う。太い幹とも思われる枝が、画面右上から伏せるように右カーブに垂れ、そこから枝が?屈(きゅうくつ)して(龍の子のようにくねって)左へ流れている。処々から生えた嫩梗(どんこう)(若枝)に今も盛りと白梅が開花し、無数の蕾が続いている。苔むす古木にもかかわらず、花は若く蕊(しべ)をのぞかせて胡粉の濃淡で丁寧に描かれている。昭和四年の作であるが、おそらく翌年のローマにおける日本美術展出品を念頭にしての、これは大観梅図中での力作である。(中略)
 昭和四、五年から始まり十四年まで続く行書体落款「大観」と朱文方印「鉦鼓洞主」(しょうこどう)がある。面白いことに、この図は天地を逆に見てもおかしくなく、それだけ無類のバランスを獲得しているといえよう。
(美術史家・細野正信/本文解説より抜粋)


【日本画の近代化に挑んだ巨匠の気概あふれる名品】
明治元年に生まれ、怒涛のように押し寄せる文明開化の潮流のなか、日本画の伝統をそのまま受け継ぐのではなく、その近代化への戦いに敢然と挑み続けた情熱と革新の画家・横山大観。
中国・宋の時代、文人たちによって、『孤傲(何事にも屈することなく尊大に構えるさま)』の象徴とされた梅を題材にした本作品「梅花」には、日本画、洋画の範疇を超え、ただ一心に新しい時代の絵画を目指した大観画伯の不朽不抜の魂が宿っているかのようだ。


【横山家の監修と松岡美術館の特別許可のもと、いま、大観画伯・円熟期の名作が完全復刻】
本作品の一点一点には、監修者で著作権継承者の横山家の検印と、原画を所蔵する松岡美術館の検印、そして限定番号入り証書が付される。(額裏に貼付)。これにより本作品が、特別の許可と監修を受けて初めて厳密復刻された限定美術品であることを証明する。ぜひ、この機会に芸術的価値の高い豪華限定美術品「梅花」をお手もとで心ゆくまでお楽しみいただきたい。

【松岡美術館での原本校正】
所蔵館の松岡美術館にて、大山館長代理が原本と照らし合わせながら、厳密に試刷の校正を行なった。


【情熱と意欲、絶えることなく。日本画の本質を求め続けた巨匠・横山大観】
画伯の七〇年におよぶ画業は、技法や主題に限定されることなく、ひたすら日本画の本質を求めて新しい表現を追求する、旺盛な制作意欲と探求心にあふれるものだった。
昭和五年、海外における初めての大々的な日本画となった「ローマ日本美術展」に美術使節として参加。本作品「梅花」も出品されたこの美術展は、イタリアはもとよりヨーロッパで大きな関心を集めた。


【横山大観略年譜】
●明治元年(1868)
茨城県水戸市に生まれる。本名秀麿。
●明治22年(1889)
東京美術学校に第一期生として入学。
●明治26年(1893)
東京美術学校を卒業。
●明治29年(1896)
東京美術学校図案科助教授となる。
●明治31年(1898)
美術学校騒動で校長岡倉天心らとともに辞職、日本美術院創立に参加し、朦朧体を創始する。
●明治38年(1905)
米国より欧州に渡り各国を廻って帰国。
●明治39年(1906)
日本美術院を茨城県五浦に移し、日本画近代化に到達する。
●明治42年(1909)
上野池之端に新居を構える。
●明治43年(1910)
寺崎広業らと中国旅行。
●大正3年(1914)
有名無実となっていた日本美術院を下村観山らとともに再興。
●昭和4年(1929)
本作品「梅花」を制作。
●昭和5年(1930)
美術使節としてイタリア訪問。ローマ日本美術展に「梅花」を出品。
●昭和12年(1937)
帝国芸術院会員となる。
第一回文化勲章受章。
●昭和33年(1958)
逝去。正三位勲一等旭日大綬章を贈られる。享年八十九歳。
made in Japan
縦60×横84.5cm。本紙は縦37.7×横62cm。額縁は特製和額(木製金泥仕上げ)。マットは藍鼠平織。用紙は絹本代用布地。技法は特殊オフセット多色刷りおよびシルク補色。紺色布張りタトウ箱付き。原画所蔵は松岡美術館。証明は横山家検印、所蔵館検印、番号入り証書を貼付。限定部数480部。日本製。

※掲載しております所属や肩書きは発刊当時のものとなります。