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第三回:革小物工房「革包司 博庵」 長谷川博司さん

カテゴリ | ニッポンの職人伝

妥協なく作り込む技術と知恵のモノ作り

その歴史を111年とする革小物工房「革包司 博庵」。三代目として率いるのは、まさに革製品のマイスターと呼ぶにふさわしい技術と知識を持つ長谷川博司さんだ。

「私はモノを作るのが大好きだったので、高校を卒業して18歳ですぐに職人になりました」という長谷川さんは、昔ながらの製法を頑なに守りながらも、その技術を高めるために試行錯誤してきた。
  • 第三回:革小物工房「革包司 博庵」 長谷川博司さん

    2枚の革を貼り合わせる「ベタ貼り」。革がお互いに引っ張り合うことで形状記憶素材のような性質を持ち、そのしなやかさは特筆もの。世界に名だたる高級ブランドが、この技術を欲しがっているほどだという。

    「財布は革を切って作るが、切ったままでは製品にならない。磨きをかけてきれいに処理しなくては」と、「博庵」が評価される理由のひとつである※コバの「ミガキ」について語ってくれた。じつはこの技術は今では特別なものである。
    ※コバとは皮革製品の革の切り口のこと。

  • 第三回:革小物工房「革包司 博庵」 長谷川博司さん

    「ミガキ」とは指先に巻き付けた布で摩擦熱が出るまで磨き上げ、その結果コバ先が丸みを帯び、滑らかな光沢面を作り出すことである。塗料を塗って処理するだけでは得られない美しさと、手触りのよさがある。

    「世間一般の『ミガキ』はコバに塗料を塗布し、いかにも磨き上げたかのように表現したものが多い」と長谷川さん。本来磨くことがコバの処理だったが、それには技術の習得と、多大な労力が不可欠だ。効率的なモノ作りが優先されるあまり、昔ながらの技術を真面目に、丁寧に続けることが、希少となってしまう現実がそこにはあった。

  • 第三回:革小物工房「革包司 博庵」 長谷川博司さん

    コバに額縁を作るための「ネン引き」には、自作のセラミックヒーターを用いた道具を使用。

    ではなぜ、時間と手間がかかるモノ作りにこだわるのか。「自分がそうしたいから、としか言いようがない」と語る長谷川さんが作る革小物は、手に取った者だけが理解する驚異の完成度を誇っている。

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    厳選された素材のみを使って、一点一点手作業で時間をかけて製作していく革小物。

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     「革包司(かわほうし) 博庵(ひろあん)」は1906年(明治39年)に創業して以来、111年の歴史を持つ。創業者は長谷川平太郎氏。現在3代目を務める長谷川博司さんの祖父である。創業当時から紳士用の革小物を専門に製作していたという初代・平太郎氏による札入れが、「博庵」の工房には保管されていた。当時の紙幣に合わせたサイズで作られたそれは、その大きさ以外には現代の製品と言ってもわからないほどのクオリティだ。
     札入れだけではない。「今はいろんなメーカーで出している馬蹄型の小銭入れを、日本で最初に作ったのが祖父です」と教えてくれた長谷川さん。「博庵」は長い歴史の中で、今我々が普通に目にするスタンダードを発明していた。
     しかし、長谷川さんが高校を卒業してすぐに職人の道を選んでほどなく、「博庵」は工房での商品生産を縮小し、「博庵」出身の外部の職人に仕事を発注するようになっていた。さらには国内製造から海外製造へとシフトする方針となり、長谷川さんは会社と話し合って独立、直系の「博庵」を自分で引き継ぐこととなる。その決断に至った思いとは、いかなるものだったのであろうか。長谷川さんと「博庵」のそれからは、工房にあった初代・平太郎氏が作った札入れと、先代・真三氏と共に撮影した家族写真が静かに見守っていた。

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     ある夜のこと、付き合いのあった大手百貨店の革製品バイヤーから長谷川さんに電話があった。「困ったことがある」という。百貨店が企画し、すでに広告まで展開していたある商品のメーカーが、発売直前になって「製造できない」と音をあげてしまったというのだ。電話があった時刻から、事態が逼迫していると感じた長谷川さんは、「いいから材料を全部持ってきて」と製造を快諾し、商品を製作して納期に間に合わせたという。
     確かな技術とスピードを併せ持つ博庵だからこそなしえた人助けである。
     ここで偶然出会ったのが、その企画商品に使われた、ある革だった。
     「担当者が持ってきた革が、すごく雰囲気がよかった。いろんな実験をしてみたけど、すごく素性が良い革だとわかったんです」と当時の驚きを語る長谷川さん。
     「博庵」でもこんな革を使いたいと思った長谷川さんが兵庫県姫路市にあるタンナー「モリヨシ」代表の森脇さんに相談したところ、「ウチならもっと良いものができる」と請け負ってくれた。
     通常、財布に使われる革は、使い続けることでどうしても革の折り目にボコボコとした大きなシワが寄る。しかし「モリヨシ」の革は、試しに揉み合わせてみても、内側にチリチリと、わずかな細かいシワが出るのみだったという。この革を作るには、革の質はもちろんのこと、優れた技術をもって、きっちりと時間をかけてなめしていくことが必要だ。それがゆえに、材料としては非常に高価となる。
     「結局、仕事における時間とはお金だから。仕事を端折りたくないと思えば高価になる。それは当たり前のことだし、ウチは値段が高くなっても構わない」と長谷川さんが語るように、「モリヨシ」の革は確かな技術と、時間と労力を惜しまない丁寧ななめし工程の産物だった。
     「たしかに高い革だし、この革にこだわる理由を理解できない同業者もいる。それはいいものを作ろうとする人間と、量を売って商売する人間の違い」と語る長谷川さん。ずっとこだわっていたのは、ただ「いいものを作る」というシンプルな思いだった。
     「あんな頑固なオヤジがいてありがたい」と笑顔で話す長谷川さん。同志の協力を得て、「博庵」の製品は、技術と素材の両面から完成を見たのだ。

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     現在、東京都台東区蔵前にある「博庵」の工房では長谷川さんを初めとする職人たちが、もくもくと作業机に向かっている。「博庵」が得意とする「ミガキ」という技術はもともとが特別なものではなかった。しかし多くのメーカーにおいて革製品の製造過程が効率化されていく中で、「ミガキ」も簡略化されてしまったが、それを頑なに受け入れなかったことで、「ミガキ」が特別で希少な技術になったのだ。
     しかし一方で「ベタ貼り」のように、世界に名だたる皮革製品ブランドが欲しがっているという独自の技術は、長谷川さん率いる職人集団が試行錯誤と実験を重ねて辿り着いたものだ。
     「一度ウチの品物を買っていただいたお客様は、もうお宅のじゃなきゃ使えないと言ってくださる」という嬉しい評判は、そうした物作りへの真摯な姿勢の賜物だが、高価な「博庵」の商品を最初に手にとってもらうには、やはりハードルは存在する。
     「本物を知る人が少なくなってきました。だから説明が必要になっていて、説明できない人、説得力がない人は落ちていく」と長谷川さんが語る、現在の職人とユーザーの関係は、情報社会の功罪というシリアスなテーマに行き着く。
     時間と手間をかけ、いいものを作ることを追求する「博庵」。
     「自分がこうしたいから、としか言いようがない。それが受け入れられなければ、辞めなくちゃいけないが」と語る長谷川さんの物作りは、それゆえ妥協がないのである。

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